お伽話 ―メソポタミア神話風に―
『ズルトルの剣』
山のうえにある城にはズルトルという巨人がすんでいました。
ズルトルの持つ剣は炎の剣で熱風をはなち、明るく輝いていました。
ズルトルは炎の剣を振り回し人々に禍をもたらし、苦しめていました。
若者は人々を苦しめるズルトルを退治しに行くことになりました。
ズルトルと戦うために剣を造ってもらい、山のうえの城をめざしました。
若者はズルトルと戦い、最後にはうちたおしましたが、自分の剣も折れてしまいました。
ズルトルが死んで、炎の剣は炎と輝きを失いましたが、それでもたいへん立派な宝剣でした。
若者はこの宝剣を折れた自分の剣のかわりに持っていくことにしました。
人々のもとに帰るとだんだん寒くなってきました。
冬がやってきて、作物を育てることができなくなりました。
若者も人々もズルトルの剣が熱を放たなくなったからだと気がつきました。
人々は若者を責めました。
「おまえがズルトルを殺したせいで、冬がやってきた。
宝剣が熱を放たなくなったせいだ。
このままでは飢え死にか、凍え死ぬのが先かだ。
さあ、その宝剣にもう一度火を灯しに行け。
われわれを飢えと寒さから救うために」
若者は宝剣を持って再び旅立ちました。
ズルトルの城より彼方を進むと泉がありました。
すると、金のくちばしをもったカラスが飛んできました。
「君は、ズルトルの宝剣に火を灯すためにやってきたのだろう。
知恵の泉の水を飲んだわたしにはわかる。
火を灯す方法を教えてやってもいい。
ただし、条件がある。
わたしは銀の角をもつ鹿と知恵の泉を奪いあっている。
鹿を退治してくれたら教えてあげよう」
若者はなにもしていない鹿を殺すのは気がひけましたが、ともかく、その鹿とあって、話をしてみることにしました。
少し歩くと銀の角をもった鹿があらわれました。
「君は、金のくちばしをもったカラスにわたしを殺すように、たのまれたのだろう。
知恵の泉の水を飲んだわたしにはわかる。
君がわたしを見逃してくれるなら、
ズルトルの宝剣に火を灯す方法を教えてやってもいい」
若者は安心して約束をしました。
「この泉よりはるか先に禍の女神の宮殿がある。
そこにいる禍の女神なら宝剣に火を灯すことができるだろう」
若者は宮殿をめざして歩きました。
道は険しくはありませんでしたが、長い道のりでした。
とうとう若者は宮殿にたどりつきましたが、禍の女神というからにはどのような難題を持ちかけてくるのかと思うと、扉を開けるのを恐ろしく感じました。扉をあけ宮殿にはいると禍の女神が座っていました。
「わたしはズルトルの剣に火を灯すためにやってきました。
宝剣に火が灯らなければ、人々が飢えと寒さに苦しむことになります。
さあ、宝剣に火を灯してください」
禍の女神はそれに答えて、
「その宝剣に火を灯すのは簡単なことです。
宝剣に火が灯れば、人々は飢えと寒さから逃れることができるでしょう。
しかし、そうすれば、宝剣の持ち主のあなたがズルトルとなり、人々に禍をあたえることになるのです。
もう国に帰るのはおやめなさい。
そうして、ここでくらしなさい。
ここには、知恵の泉の水でこねて作ったあまいパン菓子があります。
これを食べれば、あなたは永遠に歳を取りません。
ここには、ズルトルの宝剣と同じ宝石でできた、首飾りがあります。
これを身につければ、あなたは寒さを感じません。
この宮殿にいればあなたは永遠の生命を得ることができるのです」
「そうすれば、人々は死んでしまう。わたしに考える時間をください」
「あなたに時間をあげましよう。
ズルトルをたおした時から、
ここにたどりつくまでの倍の時間を」
若者は道を戻りました。知恵の泉の水を飲むために。
泉につくと、鹿があらわれました。
若者は泉の水を飲ませてくれるよう鹿にたのみました。
「若者よ、泉の水を飲んだとしても何も変わりはしないだろう。
それでも飲むというならそうするがいい」
若者は知恵の泉の水を飲んだので少しだけ知恵がつきました。
そして、ズルトルの宝剣に火を灯しても、自分がズルトルにならない方法を知りました。
それは宝剣で、禍の女神の首をはねることでした。
しかし、どちらかというと親切だった女神の首をはねるわけにはいきません。
若者は宮殿にもどるために歩き始めました。
「禍の女神よ、わたしは知恵の泉の水を飲んで知りました。
宝剣に火を灯しても、わたしがズルトルにならない方法を。
しかし、親切なあなたの首をはねるわけにいきません。
宝剣に火を灯してください」
「しかたありません、わかりました。
あなたはズルトルになり、人々を苦しめるでしょう。
そして、人々が生きられるようにするでしょう。
あなたが救われるときは、いつか別のだれかがあなたを殺すときでしょう。
人々を死から救うあなたは、
死によって救われるのです」
「わたしはズルトルをたおさなければよかった。
人々にもわたし自身にも、なんの恵みももたらさなかった」
「人間は禍なしでは生きられないのです。
さあ、いきなさい。
ズルトルの城にあなたがついたら、宝剣に火を灯してあげましょう」
若者は疲れきって、なきながら歩きだした。
終わり
※ズルトルはメソポタミア神話ではなく北欧神話にでてくる巨人です。それをもとに、メソポタミア神話風に書いた神話小説です。古代から伝わるものを翻訳したのではなく、自分でこしらえた作品です。