カジノでサアカス
パァンとサアカス番外編
※こういうのをマネすると嫁入りに差し支える場合があります。マネしないでください。マンガで読むだけにしよう。
※ギャンブルは自己責任でお願いします。
挿絵:ルターリャとヘクトリューシャ
1
豪華客船のホールでのカジノ。
小型カジノだがスロットマシーンもルーレットもひととおりそろっている。
葉巻の煙もまじくる空気。
「ルターリャ、すごろくをやっているわよ。最近発明されたって新聞で読んだわ」
ヘクトリューシャ・レイチェルモンドがそういった。
彼女はロシア貴族レイチェルモンド卿の一人娘だ。
母を早くに亡くしているが、使用人兼友人として雇われているルターリャとなかよくやっていた。
空気清浄機やマイナスイオン発生器も作動しているが煙がそう消えない。
観葉植物のベンジャミンが安っぽくも高級そうにもみえる。
「ああ、恋人と離れて大丈夫かい。ああ、あのすごろくか」
ライトがテーブルの上を重点的に照らしそのそとは夜の様に暗い。
ルターリャは使用人といっても教養や作法などどこか会得しているところがあった。出生や素性は不明である。
ヘクトリューシャの従兄のニコライ。
彼もこの船に乗って世界一周の旅行をしている。
「僕はこういう場所は危険だと言っているんだ。おじさんに叱られるぞ。あばずれだって嫁にいけなくなる」
「わたしとあんたはいいけど、ピョートル…ピョートルさん、あんたいいのかい」ルターリャが確認する。
ピョートル・イアアがグラスをもったまま、遅れてついてくる。
「わたしもちょっと気が咎めるけど。公爵の身分でもあるまいから、楽しむ分には。これが時空小説だったら首にされているけど」
ピョートルは前回の連載時より腹が少し出てきている。
ルターリャが確認する。
「彼女が誘われそうになったら、私の連れですってちゃんと咎めるんだよ」
ピョートル・イアアもヘクトリューシャの親戚すじで婚約者だ。
ピョートルは口をゴモゴモさせて練習した。「私の家計には複雑なしきたりがありましてゴモゴモ、フィアンセにさわらないでください、ませ、ゴモ」
サイコロがスリリングにころがる。
人生の一大事のように目がきまる。
はたからみるとアホみたいだが、熱狂している人には学業の成績表より重大な迫力を感じるのだった。
アルコールも正常な感覚をぼかしていた。
非日常というのか豪華客船でのクルージング(周遊航海)に来る前の自分はいったいどんな日常で生活していたのか思い出せない。
夢の中で自分は本当は誰か忘れて、夢の中が本当の自分の人生のように感じるように。
忘れていたが、この豪華客船の名はサイクロプル。
超大型客船サイクロプル。
2
「本当のほかの国のカジノはもっと危険で危ないぞ」ニコライは興奮して力んでいた。
「そうかも」ピョートルは自分をリーダーにされると苦しいので控え目に発言していた。
グラスをポケットにいれて四人とも着席する。
ニコライもボーィに「すみません、サイダー。いや、白ワインを」と酒を注文した。
「あんたが、酒飲んですごろくの勝負して目を回さないかい」
ルターリャがそういった。
テーブルに左からルターリャ、ヘクトリューシャ、ピョートル、ニコライとすわっている。
対面にも知らない四人。ピエロの衣装をやや取り入れたファッションのクルピエ(胴元:フランス、英ではディーラー)が8人の客に一人混じる。従業員だ。
「なにをー、男の親切と弱気を混同しているようじゃ痛い目見るぞー」
ニコライはカジノの爆音のような喧騒に飲む前から酔っているようだった。
「まあ、まあニコライ君、落ち着いて」そういってピョートルは葉巻をみせた。小型の葉巻だった。
「ああ、ピョートルさんありがと」普段吸わないニコライは葉巻を勧められて口にくわえた。
ピョートルのライターで火をつけてもらう。
クルピエが黒く重い灰皿を置く。ルーレット盤を彷彿させる灰皿だ。
「わかったよ。ニコライさん」ルターリャがいった。「このすごろく異国で発明されたんだってな」
ピョートルが補足した。
「遠くの国のおもちゃ会社、エポック社みたいなところが発明した。新聞で見た」
問題のすごろくはマスが円になっている。
出口が一か所で、エリアをぬけでると、そう一面にもどらない。
そのかわり一面を抜け出るまでくるくる周回しなければない。
二面も一面と趣が違うが円になって一か所から抜けられる。
一面と二面の円をつなぐ通路は3コマの通路だ。
ギルガメシュ叙事詩から思いついたという古代のチェスのようなすごろくだともいわれる。
最初はエンキドウと闘い。なかまになりとステージがきりかわるのを円のマスであらわしている。
「解決するまで二面に進めないということね」
ヘクトリューシャがそう確認した。
「イエス。よろしいでしょうか?グート?」クルピエがそう確認する。
コマはチェスのような陶磁器だ。
持ち札がタロットカードのようにあり、たとえばサイコロの目に+1足すことができるとか、6に指定できるなど効用がそれぞれある。切り札はつかうとなくなり山にもどされる。
コマにつくともらえたりする。
「遅れると周回遅れの陣地をくるくるまわることになるよ」ルターリャは血気盛んになっていた。
3
誰が最初にサイコロを転がすか?
八人がクルピエからカードを引いてきまる。
ただし、その後は時計回りにサイコロを振る。
(革命という持ち札で反時計回りにできる)
自分の番があとどのくらいか直感的に把握できるようにだ。
順番がぐちゃぐちゃ(ブロークン)だと覚えるのも難しいし、ややこしくなる。
自分が降った後ぐるっとまわるまで手ぶらでやや落ち着いている人は飲食やボーィにことづけたりできる。壁のモニターをみたり気を抜けるというわけだ。
ピョートルからスタートした。
「嘘!?わたしから」
少し震えたがサイコロを振る。
一面はゴールのコマにピタッと止まったひとが先の橋をわたれる。
単純でルールを覚えやすく出来ている。
だから持ち札のアイテムでサイコロの数字を足し引きできれば上がりやすい。
向かいの席でピョートルよりおじさんがタキシードをきて「すみません、生ハムのシーザーサラダをもう一皿追加」と注文して奥さんに「あなた、まだ食べるの?」とたしなめられていた。
ボーィが運んできたサラダには塊の味のある肉の燻製を崩れやすくしたようなものがかかっていてスパイシーだった。噛むと味が濃くてしかも歯ごたえがあるが、柔らかい。
順調にサイコロがふられていく。
ヘクトリューシャは振り終わると、「私も何か頼もう」とボーィを呼んだ。
腕に抱えたメニュー表をうけとりひろげる。「アイスババロアお願いします」「かしこまりました」
ルターリャのカツがとぶ。
「ヘクトリューシャ!食ってブタになっていたら負けるよ」
自分の番が来るまで8名でプレイしているので結構時間のゆとりがある。
持ち札を確認してプレイの戦略を練ってもいいし、会話に興じてもよい。注文して冷菓子を食べてもよかった。
ニコライが叫んだ。
「なんで女の子ってこういうとこ来てあわてて何か食べるかな。家で落ち着いて食べればいいのに」
何名か一面をこえだした。
ニコライが持ち札を使った。
「キャスリングだ」
クルピエが説明した。
「親と駒の位地を交換できます。今の親はこちらの方です」ピョートルと駒をさす。
「私はキングじゃない」
あっちのオヤジがいった。
「最終面に親がいってからキャスリングしたら快敵だな」
クルピエが丁寧に説明した。
「いえ、自分とふた面以上親が離れると使えません」
「なるほどな…」
オヤジは少しがっかりしたようにあごを腕にのせた。
4
ニコライがみんなにいった。「ちょっとトイレに行きたいんだけど。トイレットタイム」
「振り終えてからにしなさいよ」向こうの席の女性がいった。
「OKわかった」
クルピエがトイレの位置を大雑把に教えた。そして「もし、おもどりになりませんでしたらゲームのプレイを止めておきますので」
「いいわよ。手が休めるし」声があがった。
「悪い。行ってくる」
ニコライがいない間、ボードの駒は進んでいった。
ピョートルの持ち札が増えた。
(『イエティ』…雪猿かどんな効果が…。『森の勇士ロビン』。緑色のハットで小柄な。かわかっこいいな。駒を+1か。『クロマニョン人の王』か原始人以前でありながらそれっぽい風格だ)
一方ニコライはトイレのドア付近でさらにきいてみた。
「こちらは簡易トイレであちらにキッチリしたお手洗いが」
「近くでいいや」
ドアのすぐにいきなり便器だ。
「おお、きれいでかっこいいぞ。サボテンを飾りたいトイレだ」
ニコライは用を足すと席にもどった。
ざわめいているが熱気がむんむんしている。
軽快な音楽が鳴っている。
悪酔いしたらはくだろうな。
刺激が強いがこのときニコライは体力が万全だった。
5
ルターリャはゆったりかまえだした。大勢を引き離し面が上に独走している。
「ゆっくりいかしてもらうかね」そして、ボーィをつかまえて「ラム酒お願い」と注文しだした。
「わたしも」とピョートルとニコライがジャムサンドを頼んだ。
「気分はサンドイッチ伯爵だ」
ふたりは口にしなかったが思っていた。
(僕らはオヤジとおじさんが金持ちだからこれたけど、あんな年で女の子だけでよくこんなとここれるなあ。連れがどこかプールとかにいるのか!?)
前の女性二人組はカクテルを飲んだりおしやべりしながらプレイしている。ゲームに勝つ意思はこっちより薄弱に見える。
ピョートルがいった。「男性だけのむっさいボードゲームをプレイするか。ネット通販でボード買って」
※いつの時代のロシアか定かではない。
ニコライがいった。「アハハ、いいなあ、野郎すごろく。その方が心配なくていいかも」
二人は葉巻をくゆらせた。
ヘクトリューシャがいった。
「やったわ。二面あがり。三面に突入よ」
向こうのオヤジがぶつくさ言いだした。
「…おもしろくないなあ…わたしだけ周回遅れで二面か」
と、カードが手にはいった。
オヤジは思った。(『saber bring』なんだ。この切り札は?)
ポーカーのコーナーからだろうか?
ドッ!アハハハハ
という、男女入り混じった歓声というか笑い声が左の奥の方から聞こえてきた。
少しびっくりしたが、あっちもこっちも盛り上がっているらしい。
スリー7のコインが止まらないで落ちてくる音がシャワーのように聞こえてくる。
「わっはっはやったぞ」
「森の勇士ロビン。金貨袋にいれてこい」ピョートルがはじいた。「熱気がどぎついな。胃潰炎にきをつけないと」
6
ルターリャが最終面に突入していた。
「なんだこりゃ!?穴ぼこだらけ仕掛じかけの魔王のダンジョンだね」
一面に戻るがおおい。一回休みも多い。ラストゲームは多難でそうあがれない。
「ラム酒飲んで優雅にやってる場合じゃないぞ」ニコライがいった。
対面のオヤジが転がして追い上げているあいだ、ピョートルは葉巻をくゆらせ音楽のリズムに乗りながらシートの腰をゆり動かして、向こうのモニターをみていた。
「おっ、時空小説、セカンドステージ突入」
ニコライもいった。
「ホントだ。楽しみだ。いつだ」
ポーカーのゲームのテーブルでストレートフラッシッュがでたらしかった。
「ワアアアアアアアア」
「OOOH!!グレート!!」
「ヒューヒュウー」
ピョートルたちは驚いた。
「なんだ騒がしいなあ」
「ストレートフラッシュ?!」ヘクトリューシャがそっちをみていった。
「…」
ルターリャはラム酒を口に運んでみていた。
あたりのネオンやフラッシュがいっせいにチカチカしだした。
音響もそれに合わせて震えている。
「わっ!?まぶしすぎるぞ。これはこたえる」ニコライはへこたれてきた。
オヤジは「スリー7ではおとなしかったけどな。ロイヤルもつかいないでこんなまぶしくするのか」
こっちのすごろくのテーブルまでおひねりが飛んできた。
共通で使えるコイン5枚とチョコレートの板。
「ども、でもお腹にはいらない」ルターリャがいった。
「部屋に持って帰ろう」ピョートル・イアアは手持ちのカードをならべなおしてプレイに備えた。
音楽が佳境に来ている。
ルターリャが止まったマスは≪同じ最終面にプレイヤーが4名以上いれば一回休み。いなければ一面にもどる落とし穴≫とある。
最終面には自分一人だ。
「はやくいきすぎるからよ」ヘクトリューシャにいわれてひとこともなかった。
オヤジがいった。
「なるほど、うまい仕掛けだ。先に急ぎ過ぎも禁物。論語とか通読した者が勝つのが本道だ」
「日本の暦かよ」ゲームを突っ立って横から見ている男がいった。「次はまぜろよ」
二名の女の子がいった。「次抜けるからいいわよ」
ニコライより年下だ。
ピョートル・イアアがいった。
「宅でやるとき、ババロアとかプリンをコンビニで調達してやろうな、ニコライ君。負けた奴が買いだしに走らされる」
「ああ、おもしろいなそれ」
派手な音楽がエンディングを迎え、しずかでおごそかなクラシックにかわっている。
突然はじけてシーンとしたかのようだ。
明かりの派手なネオンも夜空のようにしっとりとチェンジしている。
「おっ、アイスソード・エンドか」
CMがモニターでやっていた。
一面にもどったルターリャはいまさらあせってもとゆったりモニターをみていた。
「なに?エンド」ニコライがみたときは消えていた。
オヤジがいった。「音楽が静かでいい。ベートーベンの運命、第二楽章だな」
7
ピョートルがいきおいよくサイコロをころがした。
「おっと失礼、飛んでいった。よし6だ」
最終面にヘクトリューシャ、対面のオヤジ、オヤジの妻、ニコライの四名がそろっている。
「よし、吾輩も最終面いり」
いいなづけのヘクトリューシャがころがす。
ピョートルがいった。
「以外とわたしなんかコンサートのドヤドヤが苦手というのか怖いというのか」
ニコライがあいづちを打った。
「ああ、あれ僕も怖いなあ。ぼくなんか相手にしないだろうけど、ああいうの、我忘れて興奮して踏みつぶされそうな気がするんだよ」
「そうそう、軍隊の行進みたいですな。われわれも勢いがついてさわぐと、ひとさまの不評を買うのかも」
ルターリャがいった。
「敵度にヘタれだから、心配ないよ。踏みつぶされる心配ならあるかも」
「なんだと」ニコライは葉巻をふかして足踏みした。
結局、すごろくは対面のオヤジが一等であがった。
その後ルーレットを見に四人はいった。
まだ夜は更けていない。
8
ルーレットのテーブルにもイスが用意され着席した。
「どれどれ」ニコライは席を確保するとポケットにグラスをいれた。
ピョートルが腹をたたいた。「よし、まだ午後10時過ぎだ。特別に吾輩が許可する」
ヘクトリューシャはクルピエ(胴元)に何か聞かれていた。「××OK?」
「音楽だ」ピョートルがいった。
ヘクトリューシャは「イエス、OK」といった。
なんとかという曲のレコードがかかりだした。
いたるところから音楽がちぐはぐにかかっていて混ざってどうしようもないが、それも醍醐味だ。
ルーレットはなかなかまわらなかった。
クルピエはいじって点検しているようだ。
「お願い、ラム酒おかわり」ルターリャはきつけにもう一杯ボーィに注文した。
じき、冷たいラム酒が運ばれてきた。
「やったー」小声で言ってこぼさないよう手にした。「ありがとう」
ニコライは「あーさすがに胃腸の神経がこたえてきたなあ」
「もう、おねんねかい、ニコライさん」
「うるさいなあ。火力がもごもご…」
クルピエがいった。「赤か黒にチップをかけるか、数字にかけてください」
テーブルを他の客も囲みだした。
残業で疲労困憊か二日酔いの向かい酒のような荒野に四人ともいた。
巨大な専用機械のようなルーレットが回転を始める。
われわれの人生や生活を決定する慈悲のあるのかないのか、日めくりにも似た無常の裁判。
グルグルまわり、クルピエが象牙製の小玉を回転と反対方向に投げる。
ガガ:ッ・シャー
ルターリャはルージュ(赤)にチップ5枚
ヘクトリューシャはノワール(黒)にチップ3枚
ピョートルは00に1枚
ニコライは赤にチップ3枚
いざとなると、もうルーレットに玉は投げられた。
もう勝負は始まっている!!
ピョートルがいった。
「いい船だな。景気がいい」
音楽のせいでかすれて聞こえる。
ルターリャも突っ込もうと思ったがやめた。
「聞こえないわよ」ヘクトリューシャがおとなしそうにいった。
ガッ!、カココココ・コロン
どのマスに玉がおちたか回転が速くて見えない。
ルーレットが制止した。
みなのぞきこんだ。
クルピエが無情に言い放った。「ルージュの8」
「ノー」
「OOO」
あっちこっちで落胆と喜びの歓声が上がる。
オッズにしたがってチップが入ったり巻き上げられたりする。
次の開始まで時間があった。
「よっしゃ、次も行くかね」ルターリャは力んでいた。
「チップがもらえるだけかぶつぶつ」ピョートルはふてていた。「みんなの明日を決めるルーレットとかないのか」