項羽と劉邦 CloseEnergy 2010年11月リリース Tr1.秦の始皇帝 ―万里の長城― Tr2.項羽 ―とってかわるべし― Tr3.劉邦 ―かくあるべし― Tr4.韓信 ―背水の陣― Tr5.張良 ―兵法― Tr6.虞美人 Tr7.四面楚歌 |
時空小説のあいまに中国古典物語
漢の高祖 劉邦
(一)
箸を持ったまま劉邦は給仕にたずねた。
「いったい、余は本当に漢の高祖なのかね?」
「左様でございます」
劉邦はしばらく間の抜けた表情でぼんやりしていたが、再び給仕にたずねた。
「だが、なぜ私が漢の高祖なのかね?」
「それは…、わたくしどもは高祖に仕えるよう雇われたのです。ですから、あなたが高祖なのは間違いありません」
劉邦は大臣(右)に同じ質問をした。
すると、劉邦がよく知っている歴史をきかされた。
「…項羽と雌雄を決し…」
劉邦は最後まで聴かずに、考えた。
「項羽…、あの項羽を破ったのは、あるいは韓信や張良だったのではなかっただろうか?はたして、自分は何かをしたといえるのだろうか。
劉邦は掃除に来た小僧にたずねた。
「韓信や張良。あるいは敵対した項羽もそうだが、余が見下す相手ではなかった。むしろ何をもってしても余よりも上のような気がする。もしかして人を見下さない者が高祖になるのかね。それともなりゆきで高祖が決まるのかね」
掃除の小僧は答えた
「さあ…天が高祖を決めるのではないでしょうか」
「ふむ…、するとやはり天はなりゆき任せの偶然で私を高祖にしたのだ」
(二)
先のような話を後宮の女に話すと、女は言った。
「もしかして、高祖様は、西の彼方、ペルシアの国まで領土を広げたいのではないでしょうか」
劉邦は思った。
(国の政治だけでも面倒なのに、ペルシアなんぞに手を出したいものかね。匈奴の奴らも厄介だし)
いつだったか、始皇帝を見たとき、うらやましがったことがある。
しかし、実際、高祖となった今ではなんだか、自分には性に合わないような仕事が数多くあり、亭長のときの自分の方がかえってやる気があったような気もする。
(三)
酒好きの劉邦だったが、あるとき茶を飲み、うまいと思った。
日に何度も茶を淹れさせるようになり、晩にも酒ではなく茶を飲むこともあるようになった。
飲みすぎた夜、寝屋で寝付かれず、女にうるさいと言われることまであった。
「政治のことでお悩みでしょうか?」
と嫌味まで言われた。
(四)
劉邦はある夜、処刑した韓信の夢を見た。
大臣(右)にその話をすると、
「恨み事でも言われましたか?」
と訊かれた。
「いや、初めて会ったときと同じ顔をしていた…なにもいいたそうではなかった」
(五)
戚婦人との子、如意を太子にしたいという劉邦を張良が諫め、劉邦は歌を歌い、戚婦人は舞を舞う。
戚婦人と如意のことを頼むという劉邦に張良が答えた。
「大后は地位にこだわる女性です。その安全が保障される限り、戚婦人を驚異とはみなさないでしょう。大后はあなたの愛情に興味があまりおありではないのです。身をやつして豚飼いの農民に預ければ暮らしは貧しくなりますが、その身は安全でしょう。その用意を私が整えます」
しかし、それではあまりに、それに如意は…という高祖劉邦に張良が言う。
「まだ幼くても彼は男児です。自分の身は自分で守らなくてはなりません。もう一度言いますが、座にこだわる女性は、愛情にこだわらないのです」