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2012年11月16日金曜日

ゼブラの女



 



オーブリー・ウォーターの前歴がわかる小説







1 コーヒー・ハウス

ヘイ!ぼくの名前は“オーブリー・ウォーター”いずれ頭にサーがつく。
はったりもここまでいけば上等だとよくいわれる。
(※サー…卿。例:サー・アイザック・ニュートン。ニュートン卿。準男爵またはナイトの敬称)
今、イギリスで人気のコーヒー・ハウスに詰めかける若者だ。
「そのギャングはこういったんだ、これから穴を掘って、お前を埋めちまうんだが、穴を掘るのが面倒だからお前が掘れ!」
「アハハそりゃまた、傑作だ…アハアハ」
ここは17世紀のイギリス。ピューリタン革命とか王政復古とか、そういうのは歴史書か百科事典でイギリスのページを調べてくれ。
ぼくは、もちろん…いや、いちおうプロテスタントだ。実はカトリックとプロテスタントの違いをよく理解していない。うちのじいさんは、ぼくが子供の頃、「実はうちの家系はカトリックやプロテスタントではなくユダヤ教よりまだ古い宗教の家系らしい」と魔術師か錬金術師、あるいは山師みたいなことをいっていたな……。
このコーヒー・ハウスでは貴賎を問わずいろいろな人々がくつろいだり、談笑したりしている。
新聞や壁の張り紙で情報を得ている輩も多い。どうも酒はおいてないようだ。喫煙者が多いとのパイプの煙が紫のカーテンになって光線をさえぎるんだ。
「アハハ…それで、」
女性の客も少なくない。
「男が駄々をこねてわがままになって甘えると、安心するの…ああ、男って結局、子どもなんだ、許してやろうって…どんなに意地を張っても最後は子供になる。たちの悪いのはいつまでも澄ましてる男…ひどいのになるとわがままになるというより、『何をわめいている?わけを話せ!』って理屈で来る」
「ああ…それでお姉さんはそいつと別れたんだ…アハハ、ハハハ。ありがとう、参考になったよ。僕の名前にサーがついたらコーヒーをおごり返すから。ハハハ」
さて、新聞を読んで勉強としゃれこむか…なになに?タヴァーンの経営者がコーヒー・ハウスに客を取られこまってる…か、ああ、あんなの時代遅れさ、僕にはコーヒー・ハウスが似合ってる。
喧燥と煙草のけむりとコーヒーの焙煎の香り…
貴賎を問わず、いろいろな連中がたむろするから面白いのさ…って、おい、あれはいくらなんでも、貴賎を問うだろ!?
なんなんだ、あの高級そうなゼブラのショールとかいうのか!?あのゼブラのいでたちの女は…イギリス貴族の貴婦人にもいなさそうだぞ!?いくらなんでも場違いだろ?


2 ゼブラの女

ああ…見とれるな。ああいう女にだまされるとろくなことはない。ピストルをてわたされて、『ハイ、国王陛下を暗殺しにいけ』とか始まるんだ…。しかもあれだ…デリンジャーだ。弾丸が二発しか入ってないんだ。一発は要人を暗殺するため。もう一発は拘束されて口を割らないため。つまりは自分を打ち殺せってわけさ。
それにぼくはこの小説の主人公じゃない。
割が悪いんだ。主役とか。ぼくはあれさ、主人公を補佐する、先輩みたいにアドバイスするタイプだ。
主役なんか拳銃とサーベルを仕込まれるための特訓をさせられてゆるくない目にあうのが落ちだ。
しかも、あの世でサーと呼ばれてくれとか、名誉だ。名誉で終わる。
≪サー・オーブリー・ウォーターここに眠る。我が組織のため尊い命を惜しまなかった英雄に栄光あれ≫冗談じゃない。僕は死んだ後きちんとウェストミンスター寺院で眠りたいんだ。
「サナギ君」
(え、蛹?)
「そこのサナギ君。イギリス国民として国家の名誉のために働く気はない?」
(やばいぞ、この女、いきなりぼくをサナギ君あつかいだ。いかにもって感じだ)
「ヘイ!カードなら僕も加わるぞ、7ならべかページ番かい?ポーカーとか武装しなくちゃ危ないぞ」
「トランプならあとでやりなさいよ」
(ふりむくな!ギロチンが呼んでると思った方がいい)


3 地獄の火焔


「クロムウェルを知ってるわよね。ピューリタン革命の…」
ああ、きっとぼくもクロムウェルみたいに暗殺されるんだ。いや、彼は暗殺されないのか。今何年だ!?西歴1671年だから、ええと、ああ、クロムウェルはもう死んでる。彼は権力者だった…。
しかし、この女、ギロチンも地獄も怖くないという顔をしている。
地獄が怖くない奴らにはふたとおりある。
生まれたての赤ちゃんでまだ一回も地獄を経験したことがないバカ者だ。
奴らは地獄をあなどってるだけさ。
「ぼくのダーツはよく当たるだろ!?」
「そうね。ダーツで暗殺とかできる?」
「まてまてまて」
もうひとつは地獄の火焔で焼けない奴らだ。地獄で平然としているつわもの。
その手の女。
  破壊の女神  (ここまでいくと地獄なんかなんでもない)
  ソロモンの妻 (ソロモンは神と約束したから、有罪だけど無罪)
  聖ジャンヌダルク (男装したとか、神のお告げを聞いたとかで火あぶりになったけど教会が後で無罪判決にした。まだ聖がつかないか)


4 非公式真空ポンプ倶楽部


それで、ぼくは『非公式真空ポンプ倶楽部』というのにはいらされた。
政府転覆以外にもちゃんと科学の研究もしているらしい。残念なことにボイルの法則はかのロバート・ボイルの発見だが(1660年)、彼も一時非公式倶楽部に参加していたことがあったらしい。イギリス王立協会ともつながりがあるのだろうか?

――思えば、あの当時、あの時代のことだけ鮮明に記憶に焼き付いている。1688年から1689名誉革命はオランダ総督オラニエ公ウィレムが王位について幕を閉じた。無血革命ともよばれるイギリス名誉革命だが幕間では一滴の血も流れなかったわけでもない。
あのゼブラの女にあってから、名誉革命し終結まで、メリーゴーランドのようなかんじで記憶に残っている。メリーゴーランドはあれで結構、怖いから、だから面白いんだと。あの当時は革命なんて楽しいなんてもんじゃなくて、ほんとに恐ろしかったけど、記憶の中の恐怖はメリーゴーランドのように適度でいつまでも記憶に残る。

「おい兄ちゃん!ダーツなんて危ないからやめてくれ」
見ると船乗りたちが航海図を眺めている。
「兄ちゃんも航海術ができればなぁ」
「俺達の船に乗ってもらってもいいんだが」
「下働きはいやそうな顔してるが…最新の航海術を学んできたやつが乗ってくれると助かるんだが…」
ああ、航海術か…あれは数学から天文学、地理とか羅針盤のつかいかたとか勉強しなきゃだめだ。グレシャム・カレッジで航海術の授業をやっている話は聞いたことがある。聴講はただで、資格も試験もないんだ。
「グレシャム・カレッジか…」
「いってみるの?」
「さあ、いってみるかな」
「いちいちためらってたら、いつまでたっても航海術なんて覚えられないわよ」
「どうかな?そういう、あんたも見かけ倒しって感じもするけど!?」
「こら、兄ちゃん!ダーツはやめろ!」
――思えばあのとき、むきになるようなことでもなかったはずだった。
ずっとあとになって、「小悪党を殺しちゃかわいそうだとか、いちいちためらってたら、いつまでたっても大勢の人々を助けられないわよ!」あのとき反対に軽はずみな返事をした。「わかってるさ、革命のためにあいつらには犠牲になってもらうよ!駄々をこねれば許されると思っているんだあいつらは……」
あかるく、ためらいなく。

5 オーブリーをめぐる人々(1)――ヘンリー・クローバー――

政府転覆組織というから拳銃やサーベルの訓練をやらされるのかと思いや、やっぱりコーヒー・ハウスに通う毎日がぼくの生活だった。
「こんにちは、ああ、入場料を払うよ」
入口の女の子にいつもは苦労してなんとかする金をはらい、なかに入る。
急に金回りがよくなったが、時期を見てズラかるつもりだ。ホントに命まで取られちゃ意味がない。ぼくはギロチンを恐れる若者なんだ。
真空ポンプ倶楽部では新設計の温度計をつくるとかいいだして、みんなで設計図を描いたり、議論したりしている。
この時代のコーヒー・ハウスではこうしたクラブがいろいろあり、科学者達の集まり、政府転覆組、航海士たち、商人グループ、いろんな集まりがあった。
保険会社のパンプレットをながめてみたり、航海情報をみたり、噂話に耳を傾けたりする。要するに諜報員をやらされている。といっても今までの僕と何もかわない気もする。
暖炉でコーヒーポットが沸いている。
カップにコーヒーを注いで、テーブルについた。
コーヒーをすすっていると、誰か話しかけてきた。
「医薬品の試供品をおいておくからよかったら試してみてくれ、君の名前は?」
「ああ、使わせてもらうよ。ぼくはオーブリー・ウォーター」
「俺はいろんなコーヒー・ハウスに試供品を置いて、商品を宣伝してまわっている。その経験で言うけど、君はただものじゃないな。何をしているんだい?」
「ああ、ぼくはただ毎日マイクロソフトで働いているだけさ」
「マイクロソフト?」
「いや、なんでもない」
気がつくと無言でつったっている男がいた。
こちらのやりとりが終わるのを待っているらしい。
黙って待ってるくらいなら無言劇(パントマイム)でもやっていてほしい。
「オーブリーなにか面白い情報はあるのか」
週に一回の割あいでこいつがくる。あの女の手下だ。地位は…よくわからない。組織に入りたてのぼくの相手をするくらいだから、大したことがないのか…?
「サンドイッチ伯爵についての情報はないか?」
ヘンリー・クローバー。こいつがくると、だらーんとくつろぎ切ったコーヒー・ハウスの女どもがつんと澄ましやがる。なんでだ?まるで違うコーヒー・ハウスにきたみたいだ。つんけんした態度だが、だらけ切ったやつらと同じ人物と思えない。
そうか、ぼくはなめられやすいタイプなのか…?


6 

ヘンリー・クローバー……
いつだったか、彼はいった。
僕が組織をぬけだそうとしたとき。
「オーブリー。裏切り者は死刑だ。君はわかっていたはずだ。遠慮なく撃たせてもらうぞ」
ぼくはいった。
「ああ、わかってるさ、クローバー。遠慮なく撃てよ。君たちの組織だ、君たちが法律さ!僕に何を言う権利がある?」
彼はいった。
「いい度胸だオーブリー!よける気はないのか?」
「あるさ!打つ権利は君にはあるが避けて逃げる権利は僕のものだ。君たちには邪魔させない。君に決定できるのは君たちのルールだけだ」
「もし…うまく逃げても…もうこのイギリスにはいない方がいい。アイルランドか、もっと遠くへ逃げたまえ。君はここにいると流れ弾に当たる」
「ああ、どこか田舎で…規模の小さい仲間をつくるさ。君たちみたいに幅を利かせる気もない。なんだってそんなにでかい顔をしたがるんだ?それに僕は去る者は追わずさ!」
撃たれたのはクローバーの方だった。
晩年、僕は歳をとってから生まれたわが子にヘンリーとなづけた。やめる友人にあやかって……ヘンリー・ウォーター…