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2012年5月15日火曜日

休日の鳥 第一部


 

の鳥 第一部




1

ペルシャ製の絨毯に寝ころびながら、本の頁をめくってみたり、目をとじてまどろんでみたりした。
ストーブにはまきが燃え、上に鉄板が敷かれ、熱くなっていた。
ためしに、牛肉とベーコンと玉ねぎを唐辛子で味付けした鉄串をのせてみると、ジュージュー音をたてて焦げた。匂いと煙がひろがり、また寝ころんだ。串肉のことを気にもせずにまどろみ、寝返りをうつ。
いつしか、串肉はハサンが喰いついていた。
本の頁をめくっていると面白い口絵がのっており、あくびをかきながら眺めてみた。しばらくして、三文小説をとりだし、めくり始めた。(酒…いや、辛口の酒より、甘いオレンジジュースが飲みたい…)テーブルの上にもうそれがあった。ストローでそれを啜っていると、ハサンが生肉を鉄板に二本乗せた…。
窓の外は月が明るく、ちょうど見えやすい位置でまんぞくした。オレンジジュースは水で薄められており、いや、氷がとけたせいか…肉の焼ける音がする……ジュージュー――。
すっきりした味の濃さのジュースを飲み終わり、串肉を一本ほおばる。
生焼けの部分と少し焦げて香ばしく熱い部分がまざりあう。
ニコニコした顔でまんざらでもなく、顔をなでる。
航海は大変長かった…。
しかし、貿易は成功し、しばらく贅沢な暮しが可能だった…。
雇い人の船乗りにも満足いく枚数の金貨をわたせた。
ベーコンは脂身が溶けて、半分蒸発していた。甘い脂身を辛口の香辛料が引きしめ、味付けしてあった。
最後の玉ねぎは熱いうちに食べようと必死になった。唐辛子がなければ、食べ残したかもしれないが、熱くて辛い玉ねぎは野菜の甘みがまろやかだった…。
宝箱の金貨を取り出してながめてみた。
ニコニコしながら金貨がチヤリンチャリンいう音を楽しんだ。



2

気がつくと二人とも眠り込んでいた。夢の中で忍び寄る賊の気配を感じた。目を覚ますと、宝箱はなくなっていた。ハサンも目を覚ました。
「ハッハッハッ。文なしだ…やられた」
ハサンも笑いだした。
「ハハハ…、こりゃ笑い話だ。のこったのは、腰に挿してある短刀とワインひと瓶だ」
「水筒に分けて入れよう。ハサン、手掛かりはあるかい?」
「ない。いや、鳥の羽だ」
ふたりはターバンに鳥の羽をさして、二手に分かれ賊の探索に向かった。

ハサンは荒野で野宿した。
イナゴを串にさし、焚き火であぶり口に入れた。水筒のワインを半パインほど飲み、火にあたりうつらうつらしていると、人影が近付いてきた。
みると三日月刀を片手に持ち、いかにも賊といった感じだ。
ハサンは長槍を左肩に担ぐように構え。上から投げおろすように敵に放った。
ドン!
賊は刀で長槍を払おうとしたが、重い槍をさばくに慣れていないと見え、やっとのことでかわした。そこにハサンは右手にぶら下げるように構えた長槍を打ち上げるように賊にぶち込んだ。
ザン!
賊はよけようとしたが、腕に長槍の刃が、かすり血を流し傷を負った。
ハサンはすばやく両方の槍を怪力で真上に持ち上げ、右左と打ち下ろした。
ドン!ドン!
賊は右をかわし、左の一撃は足蹴りで槍をはじいた。槍の刃は先のほうに短くしかついていない。
賊は体を回転させ、両槍の間をかけぬけ、ハサンのみぞおちに蹴りを入れた。
ドフッ!
「グッ!!!」
支点からまっすぐに体重がかかり、ハサンはふっとんだ!
さらに、体をひねり、賊は片手に刀を持ち重心を合わせ、二発目の蹴りをハサンに打ち込んだ!
「ゴフッ!!」
ハサンは槍を離しそうになったが、もうろうとしながら、意地でこらえた。
今度は賊の刀が来る!
三日月刀を回転させるように体をひねりながら、はなつ!
ハサンは半分無意識に左の長槍を持ち上げた。
ガッ!!
刀の刃は槍のつかに軽く食い込んだ。
賊はそれ以上攻めてこないで、飛び去っていった。
「ゴホッ!ガホッッ!ウゴゴ…」
ハサンは腹を抱えてうずくまっていた。
気を失ったのは、かなり痛みがおさまって安心してからだった。
次の日、日が登っていた。
ハサンの腹はむしろ何ともないように回復していた。
みぞおちの一撃はいたみがひくとケロッとすることが多い。
みると鳥の羽が二、三落ちていた。


3


船乗りたちの間では「ハサンに怒鳴られただけで骨折する」と悪評が漂うほどの暴れ者だった。
そのハサンが迂闊にもやられ、気を失ったという噂はバグダートじゅうに広まった。
鳥の羽が居酒屋の壁に飾られ、噂になった。
「ハサンで手ごわいなら、俺たちはかかわらないほうがいい」
「ロック鳥(ルフ)の羽だ」というものもいる。
「それにしては、小ぶりな羽だがね」

ハサンは居酒屋からワインを前借して、樽から水筒にくんでもらい腰に下げた。担保として“休日の鳥”の羽を置いていくと、また、荒地に向かった。
夕暮近く、オスのライオンが歩いていたので、長槍を投げて、威嚇すると百獣の王は牙をむいてハサンに飛びかかってきた。
短刀をすばやくライオンの心臓に突き刺す。左手はライオンの喉をつかんでいる。短刀をライオンの胸に突き刺したまま、左手に力をいれライオンを突き飛ばした。ライオンは痙攣していたが、ほどなく死骸になった。
肉をむしり、たきぎを集めて、ハサンはライオンの焼き肉を喰った。
肉食のライオンはうまくないとも言われるが、食べ慣れた者にはくさみが香辛料だった。

居酒屋では、アルシッドが鳥の羽を見つけて、店の親父に詳しく話を聞いた。ハサンがやられた話を聞いて、顔色が悪くなったが、情報がつかめた。金貨を何枚か稼いでいて、ハサンの分も含めてディナール金貨一枚をおいて酒と鶏肉を注文した。

ハサンは焚火のそばで寝ていると、例の賊が近付いてきた。
ハサンは寝込んだふりをしながら薄目でうかがっていた。
賊は刀を抜くとハサンの首ではなく足を狙って斬りつけてきた。
ザィン!
ハサンは素早くかわし、短刀を投げつけた。
油断していた賊はかわしきれず、かなり深く胴体にささった。
「ググググッ」
痛みで動きが鈍る。
「もう勝負あった」
ハサンは長槍をふりまわすと、確実に心臓を狙って一撃で仕留めた。
グザ!!
そのとき、空から巨大なパンがふってきた。
驚いて見上げると巨大なロック鳥が飛んでいる。
ハサンは長槍をめがけて力の限り投げつけた。
しかし、ロック鳥はきにもとめないように高い上空を旋回し、やがて、高い山の向こうへとびさった。
しばらくして、ハサンの槍はおっこちてきた。
砂地にズガ!とささったが、ハサンは大げさに自分の槍をよけた。


4

アルシッドのほうは、夜船に忍び込んだはいいが、あっさり見張りに見つかり、数人に囲まれていた。
もう船は海に出ていた。月が真上にみえる。
「この羽をみたことはあるか?」アルシッドは尋ねた。
「ない。いやある。だが教える必要はない。海賊の船に乗り込もうとするからだ。気の毒だが海に沈んでもらう」
アルシッドは細身の剣を水平に構えた。
「水平剣」
月夜に静かに、細剣は海賊どもの首を斬り続けた。
スパ!スパ!スパッ!
ドボン!ドボン!
賊達ちは自ら海に飛び降りるかの如く、夕闇の月明かりに影絵となって消えた。
アルシッドは一人になった船で、舵を取り、航海にでた。

積み荷の樽に外国の洋酒(ウィスキィ)が入っていた。
荷材によりかかり、水筒にくんだ酒を口にする。
月の方角から、かんでわかる。二日で目的の陸地につく。風向きもいい。
月を眺めながら干し肉を船の台所から見つけてきて食べた。
うとうとしはじめた。潮風がきもちいい。夏なので夜でも暖かい。
もし、朝起きて、梶が狂っていたら、もちなおせばいい。一晩くらい気にしなくてもいい…
朝、気がつくと、海流に乗ったのか見覚えのない陸地近くに来ている。
海図を慌ててみたが、見当がつかない。
イーストでこねないパンを口につっこみ、朝からワインを飲み、対策をひとりで検討している。
潮風で体がねばねばしてきたので、ワインの樽から汲んで頭を洗った。
(どうせ捨てることになる……おおかた、まともな街に着く前に飲み干してしまうか、悪化して酢になるか…船が難破するかだろう)
とりあえず陸地に向かうことにした。
そのとき、長槍が船に飛んできて、甲板にささった。
びっくりして槍を確認すると、ハサンの槍に間違いない。
陸地を見ると、ハサンはたったひとりで40人位の盗賊たちと戦っている。
「援軍を頼むとハサンの合図か…」
船が大破するのを覚悟で岩地に舵を切った。
陸地にむかうとハサンは猛戦していた。
一本だけになった長槍を後ろに力いっぱい引いた。
槍の柄が後ろの盗賊のあごにもろにぶつかった。
ゴウッ!
「ゴア!」盗賊は後ろに倒れた。
すかさず、ハサンは放り投げるような形で槍を前面に繰り出した。
スゥオッ!
前の敵兵は剣で防ごうとするがすり抜けて、槍は顔面近くをかすった。
兵はころげたが、ハサンの槍が腕を直撃!
剣は持てないくらい傷ついた。
右と左の敵兵は頑丈な刀をふりかぶってくる。
グオオッ!
ハサンは引いた。
左右の剣はぶつかった。
ガイイィン!
ハサンは衝撃波でたおれた。
双撃がくる。片側は槍の柄で足をぶっ叩いてやったがあとは間に合わない。
そこにアルシッドの細身の剣が有無を言わさず、鎧の隙間にはいりこむ。
無言で盗賊はたおれる。


5

60分後、40名ほどいた盗賊は一人残らず殺されていた。
ハサンはいった「アルシッド?あの船は?」
「海賊の船を奪って持ってきた…積み荷に酒や肉がある」
「君は前世で海賊をやっていたに違いない」
ふたりは半分斜めに停泊している船に戻ると、荷物をあさった。
飲み食いが終わり、ハサンがいった。
「運べる金目のものは何もないな…酒を水筒にいれるくらいだ」
「たしかに…担いで移動するのも無理だ」
二人は荷物をあきらめ徒歩で歩きだした。
すると、かがんで何かを魚籠にいれている女がいた。
二人はぞっとした。
ムカデやサソリを魚籠に入れている。
よく見ると蛙や蛇もはいっている。
不審に思い咎めると、女は立ち上がった。
ハサンは女のその目に圧倒された。
紫色にはれ上がる目の下のクマ。
あまりに静かで深いまなざし。
「貴様は…?」
「死を待って生きる人々のためにサソリやムカデを摘んでおります。生きる人々は、食卓を豊かにするため野苺を摘み、テエブルを飾るために花を摘みます」
ハサンは危険を感じ、長槍の普段より柄の真ん中に近いところをつかんで高らかに持ち上げた。正確に一撃で首を切り落とす構えであった。
しかし、手は震えそうになっており、脂汗が手のひらににじむ。
「目的は?我々に害を加える気は?」
女は二人がぞっとすることをいった
「あなたたち二人も、私のようにムカデを摘むことになるでしょう」
ハサンは槍を振り落とした。
ズガッ!
首には当たらず、肩を直撃した。
しかし、紫色にはれ上がるだけで、血は一滴も流れない。ハサンの槍の刃をくらいながら…
「あっ!?」
と虚を突かれたように驚いているうちに、かろやかに女は動いた。
か細い左手で槍をつかむと万力のように反対に捻じ曲げた。
ハサンはつられてバランスを崩した。
トン!
カンフーの型のように、軽く跳躍して、形だけのように、腕を突き出す。
トン!
みぞおち、に喰らったハサンは気を失いながら苦しんだ。
「ゴゴッゴううううぐっぐぐぐぐぐ、」
魚籠からスズメバチがうようよ這い出て二人に近付いてきた。
ガク。ハサンは気絶した。
アルシッドは「あいつの槍で痣ができるだけなら、まず無理だ」
そういって、ハサンを抱えると、跳躍して引いた。
女は追ってこなかった。
(港町をさがそう。船に乗り…)
アルシッドは考えていた。


6

アルシッドは都にいる妻のことを思い浮かべていた。その時の暮らしとは正反対かもしれない。しかし、体の痛いような疲労と横になるだけで痛みがひいていく心地よさと…
船が適度な間隔で揺れる。
生あたたかい潮風に波の音。雪国の雪解けのジャグジャグいう音と似通っている。
ハサンは「体が石になっているんじゃないかと思った。五体満足だ。これだけで幸せだ」そう言って横になっていた。
青空の船の甲板に横になり、アルシッドはワインをグラスで飲み。
ハサンは果物の砂糖づけを口に入れていた…。
海面がキラキラゆれている。反射する光が暖かい。
船は波で揺れる。
気がせわしない人でも、この自然の刺激は心地よい安らぎを感じさせる。
波の揺れ、キラキラいう光。波と海の音。酒。温かさ。潮の匂い。心臓の血液が安らぐ感じ。
大きなたこの足が遠くの水平線にみえる。
「ああ、クラーケンだ!」
たこの足は遠くとはいえ、水平線を超え、雲の上まであがっている。
「あれだけ離れていればこちらの船には気づかない。安全だ」
アルシッドがそういって、ハサンは安心した。
しぶきをあげ、雲までとどくオオダコは、水滴と太陽で虹を造った。
その景色を横切る船は気楽に航海を続けた。
経験で分かる。もうしばらく、何も気にしないで、それこそ順風漫歩がつづく。ワインを煽り、ジャムを食べ、横になるだけで目的の半分はことが済む。体を休めるのも仕事のうち……
夕日に近くなる。


アルシッドは気絶したハサンを背負い、港の船着き場を訪れた。
「船を買いたい。しかし、金がない。後払いで頼みたいのだが…」
そういうと
「それなら、貸し舟を借りてくれ…最近できた。前金はもらうが成功報酬制度だ。やるきがあるのなら船を貸す。貿易に成功したら払いに来てくれ」
「それでいい…ディナール金貨十枚が前金だ…」
「それなら、帳簿にひと筆サインしてくれ、それと、おまけに気絶している旦那のために腹痛薬をわたしておく」

そうやって、船を借りた。ぼろ船だが…。
ハサンはいった
「あの女なぜあんなに強かったのかな?」
「さあな……俺はかかわりたくない。オデュセイアにでてくる怪物をひねりつぶし続けることになるだろうよ」
「なぜ、人妻にいいよるのかな。ギリシアの叙事詩…ホメロスがそうなのか…!?ほかにも婦人がいるのに?」
「旅から帰ると妻に人だかりができている?……財産があるせいかな」




7

空が暗くなってきた。二人はスープを沸かし。パンと干し肉と魚のライム汁かけ、とを食べていた。
チャプン、チャプン揺れる船に揺られ、ハサンは昔話を始めた。
「昔、都に私が妻と住んでいたときのことだ。夜、部屋で私は悲しそうな顔をして、槍を研いでいた…。妻が寝間着姿で入口に、パインジュースを飲みながら立っていた。私は、ぶどう園の裁判も遺産相続の裁判も負けたことを妻に話した『なぜ帝王(スルターン)はわしの見方をしてくれないのだろうか?』妻はこういった『さあ、あなたが乱暴だからじゃないかしら……?』わたしはますます、悲しくなった。なぜ、妻まで見方をしてくれないのだろう?」
アルシッドはこう答えた。
「奥さんは世間の敵になりたくないんだよ。お前さんの見方をしてまで、お前さんが死んだ後どうなる?世間で肩身が狭くなるんだよ。奥さんの居心地を優先しておやりよ…」
ハサンはだまっていた。
すると、金色に輝く男の子の天使が現れていった。
「おじさんには永遠にわからないよ…その手の奥さんは、おじさんが墓に入った後まで付いてくるつもりがないんだ。逆に死んだ後まで面倒を見る義務がないのさ」
ハサンはいった。「なるほど、それはありがたい!」
天使はいった。
「逆に、娘なんか墓の下までついてきそうだったら、うんざりして、早く嫁に行けという気分になるだろ!?」
ハサンはいった。「なるほど、確かにそうだわい。しかし、あなたは誰ですかな?」
「僕は天使のかたわれだよ。おじさんたちは死の神の娘を傷つけた。死の神は激怒しているよ。僕が見方をしてあげるからいいようなものの、あらゆる軍勢を率いておじさんたちをとりかこむつもりだよ」
アルシッドはいった。
「あらためて修行を積んでして死の神やあの女に挑もうかと思った。しかし、…ハサン?どうする?」
「私もそんなつもりはなくなった…。私の槍は神々には通用しないだろう。死の神に謝りにいったほうがいいようだ」
金色の天使はいった。
「それじゃ、僕がとりなしておくよ…」


8

船は順調に航海を続けた。貿易はうまくいくだろう。
二人は予定を変えて故郷でゆっくりすることにした。
予定の港によったあと、この船で故郷に帰る。
しかし、あと二週間は船の上だ。二人は退屈してきた。
ハサンは槍の柄を布でみがいている。
アルシッドはキセルをふかして寝ころんでいた。
みるとトビウオが空を舞っている。
「おお、ハサン!みろ、ロック鳥だ!」
みると高い海の上の空を怪鳥が飛んでいる。
どことなく悲しそうな眼をしているような気がした。


ふたりはディナール金貨を箱に詰めて故郷に戻った。
浴場(ハンマーム)で入浴して体を清め、旅の疲れをいやすと家に帰った。
ハサンは自宅に行くと言って別れた。
アルシッドが建物の中に入ると、バナナの葉やらなにやらの植物だらけになっていた。麻の服を着ている女が動く姿が見えた。見ると懐かしい妻が鉢植えに水をやっている。
玉ねぎのコショウ炒め。鶉の卵とバナナの葉にくるんだカモの肉の塩焼き、豌豆のスープを手づから食べた。古酒を陶器の器で三杯飲み、薄荷(ハッカ)の氷菓子を二人で食べた。
次の日、ハサンとアルシッドは帝王(スルターン)に呼ばれた。
「我がフライパン王国は隣の国と戦争することになった。ぶどう園をお前たちに返すから、軍隊の将軍(パトリキウス)をひきうけてほしい」
二人は喜んで引き受けた。
ハサンは毎日食事以外の時は、長槍二挺をよく研ぎ石で磨き、柄を布でこすった。
短刀も新しい業物を注文し、食事の時はブドウ園のブドウとバター入りのパンと塩焼きの魚しか食べなかった。
アルシッドはまた王宮によばれ、帝王(スルターン)から剣をさずかった。
「スライマーンの蠍(サソリ)とよばれる業物だ」
「本物でしょうか?」
「いや、たぶん偽物だ。本物なら山を石鹸のように切るというが、この剣は人体を真っ二つに切るくらいだ」
アルシッドは細身の剣とスライマーンの剣の二挺を腰にさし都にもどった。


9

ハサンとアルシッドのふたりはよく殺した。
軍の先頭に立ち、軍馬にまたがり、ハサンは長槍一挺を背中に背負い、腰に短刀を仕込み、もう一挺の槍を馬上からふりまわし敵をなぎ倒した。
アルシッドも、馬に乗り込み、スライマーンの蠍で敵をふたつに斬った。
続くフライパン王国の歩兵もよく戦った。
敵兵は次々切り倒された。
しばらくすると、様子がおかしいのに気づいた。
敵はかなわないのを見て引いたが、おちつきはらってなにかしている。
すると、火薬を爆発させて、攻撃してきた。
ハサンも馬が傷だらけになり、もう助からない様子だった。それ以上、苦しまないよう、馬を殺した。
アルシッドも、もうもうと煙が上がる戦場でなすすべがなく、立ち尽くしていると、敵兵に馬の脚を折られて、徒歩になった。
煙の向こうから巨人の兵士があらわれた。
頑丈な鎧を着こんで武器は棍棒をもっている。
重い棍棒をふりまわしてくるが動物のような体力で疲れを知らない。
アルシッドもよけるうちに疲労してきた。
武器が当たらないのに腹をたて、巨人兵は棍棒を投げつけた。
間一髪かわすと、巨人兵は体当たりを仕掛けてくる。
アルシッドはもろに喰らい、後ろに吹っ飛んだ。
いちかばちか、スライマーンの蠍を大きく振りかぶると、兜ごと斬りつけた。
巨人兵は鎧兜ごと真っ二つになったが、刀も折れた。
細身の剣一挺になったが、味方の兵をかき集めた。あとは集団になるしか解決方法がない。


10

ハサンは援軍とはぐれ、煙の中を進む。敵兵の塊がいるのに気づいた。向こうは火薬に火をつけなげてくる。
ドン!ズドン!
「グッ!」
弾切れを期待したが、火薬の次に弓矢もくる。鎖かたびらに矢が刺さる。
ハサンは長槍を頭上でふりまわすと、敵兵に投げつけた。
ズーン!
敵はあわて、何人か巨大な槍の下敷きになった。
すかさず、背中の槍をぬき、躍りかかる。
弓矢も火薬も陣の内部に攻められると使えない。
刀で応戦する敵兵を刀ごと巨槍で叩きつぶした。
見方の兵が何人か現れ集団になりすすんだ。


11
敵国の国王は降伏してきた。
二人は兵をつれ国に帰ると浴場(ハンマーム)でみそぎを終え、王宮に報告にいった。帝王(スルターン)は歓び、使者をつかわせ、戦後の条約を結ぶことにした。
それから、勝戦の祝いの宴がひらかれた。
ハサンとアルシッドの妻も呼ばれた。
将軍(パトリキウス)を勤め上げ、勝ち戦に国を導いた褒美として、それぞれディナール金貨五十枚とイスカンダール(アレクサンンドロス大王)の鎧をハサンが受け取った。
「本当にイスカンダール大王の時代の鎧でしょうか」
「その時代の鎧をまねたものだ」
アルシッドはパトリキウスの王冠をいただいた。
インドの音楽士がよばれインドの音楽が奏でられた。
羊のオリーブオイル焼きとシチリア産のワインがふるまわれた。
酒の飲めないハサンの妻は薔薇水を飲んだ。
次の日アルシッドはペルシアの絨毯でねころんでいた。
ならんで横になっている妻の頭をなでながら、アッシリア美術の模写図版をめくり、妻はペルシア猫をなでていた。ときどき柑橘類の皮をむいて食べながら…
ハサンは鎧を飾り、槍を研いでいた。ハサンの妻はバナナジュースを飲みながらシナ製の椅子でくつろいでいた。ハサンの妻はエジプト育ちであった。
それから、かまどでエンドウ豆のスープをつくりはじめた。

休日の鳥 第一部 おしまい