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2011年6月28日火曜日

雪おんな

んな



然る(さる)大名に仕えていた川衛門(かわえもん)という武士がいました。
家内と老いた母を家に残し、お上の命で長旅に出ることになりました。然る都(みやこ)の役人とやりとりするための旅でした。馬にのって道中をあるき、やがて峠が見えてきました。峠を越えようとすると、峠の手前に村があり、そこで冬を越すことになりました。馬をやすめ、農民の小屋に泊めてもらい、火にあたりました。なんでも雪山には雪おんながあらわれるということで、村人が毎年氷漬けにされるという話でした。
川衛門は話を聞き「それなら、拙者が退治してやる」と、村人に話しました。
ある日、村人のひとりが雪おんなを見たと川衛門にいいました。
川衛門は雪山に登ってゆきました。雪道を昇るに従い吹雪が強くなり、引き返そうと思ったとき、白ずくめの女が目の前に立っていました。
川衛門はハッとして、身構えましたが、左手首をおんなにつかまれていました。普通、女の力は男の力でも、とても侮れないほど強い力がありますが、この雪おんなの腕力はか細く、枯れ木の枝が腕に触れているかの如くでした。ところが川衛門がふりほどこうと力を入れても、凍りついて磁石のようにはなれません。川衛門はだんだん左手が氷りついてくるのを感じました。右手で脇差を抜くと雪おんなの腕ごと切り落としました。
ザン!!
雪おんなの腕の切り口から真っ赤な血がこぼれ、白い雪に赤く染みわたりました。
見ると、雪おんなは歯ぎしりしながら、川衛門を睨みつけています。
川衛門は今度は長刀を抜くと、おどりかかって雪おんなに斬りつけました。
しかし、雪おんなは雪煙にまぎれ消えてしまいました。
雪おんなの腕はつららになって川衛門の左手に凍りついていました。
村に戻り、湯につけるとつららは溶けて水になりました。左手は凍傷にかかり、完治するのに春までかかりました。
峠を越え、然る都につき、役人をたずね用事を足しました。雪おんなの話をすると役人は怪訝な顔をしましたが、何もいいませんでした。
都を見物し、出店で櫛を買い懐に入れ、乾物屋で乾物を求め、道中を引き返しました。
家にもどると土産の櫛と乾物を家内と母にわたそうとすると、家内の左手が手首から無くなっています。驚いてわけを訊ねると、まき割りの最中、斧をすべらせたのだそうです。
何年かのち、お上の命で再び都を訪ねることになりました。
雪山で川衛門は再び雪おんなにあいました。
長刀をいきなり抜くなり、有無を言わさず雪おんなに斬りつけました。
雪おんなは右手で刀の刃を握り、抑えつけました。刀で手のひらが切れるどころか、刀ごと凍りつき、腕まで凍りつく勢いでした。川衛門は右手で脇差を抜くとまだ凍りついていない自分の左手を切り落としました。
寒さのせいか出血は少なく、川衛門はとび跳ねて後ろに下がると走って一目散に逃げました。
春になり、峠には櫛が落ちていました。
家に帰ると子供が生まれていました。家内も老いた母も川衛門の失くした左手を見て驚きました。櫛のことを訊ねると、川で洗濯をしたとき、うかつに落として流してしまったとのことでした。それならと拾った櫛を代わりにあげました。
川衛門と家内は左手を失くした隻腕の夫婦として息子を育てました。
息子が10になるころ、川衛門はもしやしたらあの雪おんなは家内だったかも知れぬと考えました。老いた母もそのころ亡くなり、川衛門は弔いました。
隻腕の夫婦の一人息子は長じて、剣と馬の名手となりましたが、弓矢だけはどうしても的にあたることはなかったとのことです。
2011.6.22

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